「靭型埴輪」 古墳時代 6〜7世紀 群馬県高崎市出土     

 



「靭」ゆき 高崎市吉井町出土品 古墳時代 6〜7世紀

先日、HPをご覧になっていただき買取り依頼のお電話を頂きました。

御先祖様が戦前から収蔵されていた「埴輪」だという事で、私を御指名いただきました。

お伺いしたところ目の前に大きな「靭」(ゆき、ゆぎ)が現れたのです。

大きな鳥が羽根を広げ大空を舞ってる様な姿は、MIHO MUSEUM の収蔵品にそっくりでした。

この形状の靭は形から状態の良い物は少なく、優品を探しておりましたので感動しました。

今まで何度かお話ししてきましたが、埴輪とは古墳時代に焼かれた素焼 の事で特徴としては厚手であり、土は赤味を帯び、紐や板状にされた物をつないで形成したものです。

目的としては死者を埋葬した古墳に飾りとして立てておく為の物です。

種類としては、立てやすさを考慮した円筒型と生き物、人工物等を作った形象型の二種類に分かれます。

「靭」は上古時代に矢を入れて携行した武具の一種で後期になると本品の様な奴凧形の物が作られました。

東京国立博物館所蔵の物は形がシャープでおそらく前期の物だと思います。

あまり知られていませんが、群馬県内には13,249基の古墳があり2,434基現存している事が2012年から始まった調査で分かっており、数においては千葉県に次いで東日本では2位、「質」に於いては「太田天神山古墳」「保渡田古墳群」「観音塚古墳」等、東日本随一なのです。

群馬は「埴輪王国」と呼ばれ、唯一の国宝埴輪である「武装男子立像」は、太田市飯塚町から出土しました。国宝・国指定重要文化財の埴輪全42件のうち19件が群馬県から出土しています。

古墳は当然庶民には作れないので、群馬にはそれだけ多くの富裕層、豪族が居たことになります。

古代の群馬はそういう土地だったのです。

私の郷土、高崎市吉井町にも国の特別史跡に指定されている、多胡碑があり、山ノ上碑、金井沢碑とともに、「上野三碑」と総称されています。

その様な環境下、子供の頃から身近に埴輪や土器と触れ合う場所、機会が沢山ありました。

小学校、中学校にはガラスケースに展示された土器が沢山あり、子供の頃から興味があり、ワクワクしながら、図書室で関連本を休み時間に夢中で読んでいました。

大人になった現在も「多胡碑記念館」に子供と行くのが楽しみの一つです。

私が古美術骨董商になろうと思った動機も埴輪や土器の持つ、人間の生命、原点、息吹に魅了された部分があります。

私の故郷である群馬から、国宝や国立博物館に所蔵される様な物が発見された事を凄く誇りに感じますし、いつの日か私自身もそういう物を扱ってみたいと思っています。

埴輪や土器をお持ちで次の世代に引き継ぎを検討されている方がいらっしゃいましたら、是非お声をかけて下さい。

何処よりも高評価をさせて頂きます。



現在、靭をはじめ多数の埴輪、土器が展示されていますので貴重な「靭」を是非御来店頂き直接ご覧になって下さい。





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